ゆきだるまのひとり言

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zoom RSS 父からの息子への思い

<<   作成日時 : 2006/12/15 19:38   >>

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先日metooさんのブログの中で、kou君が誕生した喜び、少年野球を始めた喜びを年賀状に凝縮したページを読みながら、一人ウルとしていた私。

 なんとなく、ユウが誕生した時のことを思い出してしまった・・・


 おなかの中に命が宿った時、それだけでワクワクして涙が出るほどうれしかった

 健康でいてくれたら・・・当たり前のようにかんじられることが、どれほど尊いことなのかも初めて実感したと思う。

 妊娠5ヶ月で遭遇した阪神大震災

 テレビの中で、電気も、ガスも水もない真っ暗の病院の中、出産を迎えなければならなかった人たちのニュースにただただ涙していた。

 <健康>・・・何よりの願いだった。それに変わるものはない。



 ただ、口には出さないまでも、夫にはもう一つかすかに願うことがあったらしい。

 「男の子」・・・・

 口に出していうわけじゃないけど、願うというより正直「男の子」が生まれると信じ込んでたようにも思う。



 ユウは里帰り出産をしたため、私は1ヶ月半前に実家に帰った。

 夫とは離れて出産のため、名前決めておこうね!と話していた。


 早速決まった男の子の名前。でも、女の子の名前・・・決まらないのです。

 あの時は妊娠ブルーもあり、女の子だったらどうする気なのよ・・・と涙していた私。


 夫に教えるつもりはなかったんだけど、病院では性別をしつこく聞いちゃってる私。

 でも、なかなか正体をあかさなかったユウ。


 ようやく、男の子、女の子の名前が決まり、無事実家へ帰る私。



 産声の後・・・助産婦さんの「男の子」ですよ・・・の声。

 正直本当にうれしかったなあ・・・


 そううれしかったのと・・・ホットしたかなあ・・・


 出産をした病院で1ヶ月検診を終え、自宅に帰ったのは8月上旬。


 私達が自宅に帰ってきた翌日、夫は真新しい一球の硬式ボールを買ってきた。


 はて????



 夫はその硬式ボールに、


   平成7年6月15日誕生

      ○○ ○○

          父 ○○
          母 ○○   



 と、うれしそうに書いていたのです。

 一人満足げな笑顔・・・今でもはっきりと覚えています。



 後日談・・・  2年後、次男シンが誕生するわけですが、口をすっぱくして言いました。

     ぜったいボール買ってきて、ユウと同じにしてよ!!

  我が家の廊下には、2つの記念ボールが並んでいます。


 夫は小さい頃からの野球少年ではありません。

 小さい頃、今の姿からは想像できませんが、体が弱かったそうで・・・

 野球ごっこは、公園でよくしていたそうですが、本格的にチームに入ったのは高校野球からでした。

 しかし、その後はどっぷり野球漬け。

 はるばる北海道にある大学までやってきて・・・野球三昧

 教育大のため、採用試験が「命」のはずなのに、地元の採用試験の最終と、4年の公式戦の最終が重なり、なんと公式戦を優先してしまったらしいのです

 なので先に受験していた、北海道での採用となったのです。

 北海道での6年も、中学で部活顧問として、また地域の草野球に参加したりと、これまた野球三昧。



 正直、息子が違うスポーツに興味を持ったら、この人どうなるんだろう???なんて心配までしていた私。

 ユウが生まれたのはイチローが大活躍して、ORIXがリーグ優勝した年。
 
 翌年初の日本一になった

 球場まで徒歩圏の我が家・・・・よく球場まで足を運びました。


 が・・・その球場の横には陸上競技場を兼ねたサッカー場があります。

 こちらは、全く近寄ろうとしない夫。


 それなりの陰謀があったことは明白です



 ユウの初めてのおもちゃ(?)は、ファミリアの布製の「ボール・バット・グローブ」でした。

 その後、マジックテープ付のグローブを手にしたのが1歳の時。

 3歳になる前に、少年野球用のグローブのひとまわり?ふたまわり?小さいグローブ。

 幼稚園の最後くらいに、少年野球用のグローブが彼のものになりました。


 結局、生まれてからユウの周りには常に野球に関するものがあふれていたのかもしれません。
  
 息子とキャッチボールができるようになった喜び・・・私なんかが想像できないくらい大きいものなんでしょう。

 1年1年、力強くなっていくボールを受けるのは、どんな気分なんでしょう・・・


 今、少年野球に入り、時には中学部活顧問として動く夫よりも土・日忙しいユウとシン。


 夫は多少のアドバイスはするものの、必要以上の指導をしようとはしません。

 それは、「任せている」からなんですって・・・

 
 多分、自分がコーチでいる場合はまた違うのかも知れませんが、今チームの指導者としてかかわれない以上、基本は「任せる」なんだそうです。


 小学校が終わった時、ユウがどんな道を選ぶのか・・・

 より高いレベルの中で、がんばって欲しいと思う反面、中学部活という同じ土俵での「親子対決」も夢見ている夫なのかも知れません。


 野球に限らず、スポーツパパ達は息子と一緒に何かできることがとてもうれしいのでしょう・・・


 私は・・・一緒にケーキを作ったり、一緒にお裁縫をしたりなんてことは全く無縁の完全男の子ママだけど・・・

 彼らが「野球」とゆう宝物を見つけてくれたおかげで、母もたくさんの宝物を見つけることができました


 今は実践も知識も、完全に3人から取り残されてる私だけど・・・私のペースで「野球」を楽しんで行こうと思います。



 

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
息子に対する親父の想い・・・よ〜く、わかります。
自分が叶えなかった希望、理想を預けるのは、やっぱ・・・息子なんですよ。 それも、長男は・・・特別かもしれないなあ。我が家も、よちよち歩きを始めた頃からサッカーボールを与えました。 自分が小学校の時・・・親父の酒代、ギャンブル代の為・・ユニフォーム、スパイクを買ってもらえず・・・断念したサッカー。 やりたかった事を我慢して、友達の活躍を眺めるだけの辛さは・・・絶対!自分の子供にはさせたくない!!って・・・( ̄。 ̄; 親父になってから、自分もサッカーを再開し、息子達と一緒になって練習したけど・・・ユース(中学)チームになった頃の息子には・・・キックの精度も、距離も敵わなくなり、嬉し?!悲し?!って気持ちになったものです(苦笑) きっと・・・パパさんも・・・いつかは、そんな日がやってくるんでしょ〜ね。今から、心の準備を(笑)   ps・・・ゆきさ〜ん、自分もブログ、作っちゃいました(^^;よかったら・・・遊びにきて下さい http://coron-jack.at.webry.info/
jack
2006/12/15 21:53
ゆきだるまパパさん、白球に命名するお父さんをはじめて知りました^^いいお父さんだなぁ。「任せている」この一言がお父さんの人間の大きさを表していると思いました。野球が大好きなお父さんの中で、なかなか言える言葉ではありません。

今日中学の保護者会でした。妻が先生に言われた事は一言だけ。「いやぁ〜koh君は野球の事しか考えてませんね」(もうちょっと勉強しろ!)の意味でしょうが、私には嬉しい一言でした^^
metoo
2006/12/16 04:02
<jackさま
今、ユウにとってパパさんは、何でもできて何でも知ってる一番すごい人です。
でも、いつか近い将来追い越していくんでしょうね・・・
母はすでに取り残されております(^^;
ゆきだるま
2006/12/18 14:56
<metooさんへ
思わずmetooさんのコメント、夫に見せてしまいました。照れながら・・・でもうれしそうでした(^^;

「任せる」発言は、きっと夫が保護者からのスタートではなく、指導者からのスタートだったからなのかもしれません・・・内心はいろいろ思いもあるようです。

自分の思いよりも息子の思いが走ってくれている時って・・・やっぱりうれしいんですよね。我が家も、毎日高校野球の録画を見続けるユウに、呆れながらもやっぱりうれしそうです。
ゆきだるま
2006/12/18 15:01
明けましておめでとうございます〜
今年もブログでお世話になりますがヨロシク〜
やっと復活したけど・・
夫の実家に行くのでブログ再開はまだで〜〜〜す
ユウ君も最後の年になったね
お互いに頑張ろう
純也の母
2007/01/01 01:39

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